アンリ2世のモノグラム / ルーブル美術館

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ルーブル宮の起源は<フィリップ・オーギュストの城壁>の一部を担うルーブルの要塞 (1190) だ。その後、<シャルル5世の城壁>のシャルル5世がシャトーに衣替え、フランス・ルネサンスのフランソワ1世 (在位1515-47) がレオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザ等のコレクションの収納も兼ねてルネサンス様式による宮殿の増改築を計画し、アンリ2世 (在位1547-59) に引き継がれる。その後も、アンリ4世による大増築などルイ14世に至るまで整備が進められる。

写真はクール・カレCour Carrée からピラミッドのあるクール・ナポレオン Cour Napoléon への連絡口 ( レスコ―翼 / シュリ―翼 ) に見られる<アンリ2世のモノグラム>

H (アンリ) と H にダブルD (アンリ と 愛妾ディアーヌ・ド・ボワチエ Diane de Poitiers ) 。 王妃カトリーヌ・メディシス Catherine de Médicis の C には見えない。

レスコ―翼の彫刻はアンリ2世お抱えのルネサンス様式の彫刻家 ジャン・グージョン Jean Goujon (1510-66) のもの。ただし、連絡通路になっているパヴィヨン·ドオロロージュ Pavillon de l’Horloge 左の彫像群は<La Sculpture. François Jouffroy (1861) >等後に加えられたもの。

レスコ― Pierre Lescot (1515-78) による建築。パリ最古の噴水<罪のない泉>の建築家。

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